2014年11月9日日曜日

「厳しい稽古」

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 昨日の剣道の練習は死ぬほど疲れた。
 昨日は大先生、ムタルド先生が稽古をつけてくださった。
 素振りの後、面をつけ、追い込みをやった。それだけでも疲れるのに、休みもしないで打ち込みをした。切り返しと打ち込みを30分位した。ここからが特別にきつい懸り稽古だ。
 懸り稽古とは、決まった打ちをできるだけ速く打たなくてはいけないのだ。しかもひとつのうちをしたら、すぐに振り返って次の打ちをしなくてはいけないので、疲れるのだ。
 バリエーションをしながら、30分もぶっ通しでやった。もうへとへとだった。
 みんな
「ふうやっと終わった。」
と思ったら、先生が
「最後に素振りを百本します。」
仕方がないので素振りをしたが、30本目から腕が痛くなってきた。ほとんどの子が竹刀を頭上まで上げていなく、肘だけで振りかぶっていた。でも、僕、ルイ君、きよこちゃん、拓未とカール君は歯を食いしばって大きく振りかぶった。

 今年度、クラブに入って来た子供たちを歓迎するために、ジュースやポテトチップスがあったので、すぐに倒れなかったが、家に着いたら、ろくに夕食も食べずに、翌朝の8時くらいまで熟睡したほど疲れていた。この稽古で、まだ始めて間もない子も、剣道というものがどんなに疲れるかわかっただろう。

2014年9月30日火曜日

「ジャイロスコープ」

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土曜日、クリュニー修道院に行った。
 ぼくたちはまず、フロマージュ塔(チーズ塔)に登った。フロマージュ塔はクリュニーの昔の城壁の見張り塔のひとつだった。
 次に修道院を見た。クリュニー修道院は900年ごろから1200年頃まで、3回にわたって拡大されていった。もとは、アキテーヌ公ギョーム1世が建てたのだ。最終的には長さ約190メートル高さ約40メートルもあり、サンピエトロ大聖堂ができる前までは、ヨーロッパで最大の宗教建築物だった。
 しかし、今はもとの面積の10パーセントくらいしか残っていない。ぼくは倒れないための仕組みに驚いた。それはアーチにかかる外向きの力を支えるために、主塔のアーチの横にほかの少し小さいアーチを作ったり、つっかえ棒みたいなおもりをつけたりしていたことだ。
 帰る前に、国立高等工芸学校の展示を見た。そこでジャイロスコープを見た。
 家に帰ったら自転車のタイヤで、ジャイロスコープを作ってみた。タイヤの軸を両手で持ってタイヤを回し、片方の手を離すと、軸が水平のまま水平回転をし始める。しかも水平回転を速めようとすると上の方に起き上がり、遅くしようとすると下向きに倒れた。なぜこうなるかはわからないが、お父さんによれば、高校や大学で習う物理の勉強らしい。


2014年9月18日木曜日

「なんか知ってる人がいる?」

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「はあ疲れた。ここらへんで昼食にしようか。」
ぼくたちは日曜日U村の剣道の練習に行った。その後ちょっと山登りでもしようと思って道場の近くの山に登り始めた。ここで昼食をとることにした。
 食べ終わったところだった。
「あっ、なんか知ってる人がいる」
と言う声に、下の方へ眼を凝らしてみると、cさん一家が登って来るのが見えた。偶然の再開に驚き、挨拶をかわした。一緒に登り始めた。
 いつもと変わらず、ぼくとfがyくんの付き添い。お母さんとcさんは二人でしゃべりながら。そしてお父さん、弟、mちゃんが一緒に歩いた。
 どのくらい登ったかわからないが、小川の幅が広くなっている所にたどり着いた。暑かったので男子はパンツいっちょうになり、水に入った。ところが足を入れた途端じーんとなって足がしびれるくらい冷たかった。みんなひとりずつ全身をつけた。神経が麻痺しそうだったので、すぐに上がって着替え、また歩き出した。
 またまたどのぐらい歩いたかわからないが、道が枝分かれしてて片方には「滝」と書いてあった。
 道は崖をくりぬいてできていた。その道を進んで行くと、滝が頭上から下の方へ落ちていき、トンネルのようになっていた。

おお、と思ったがなんだか看板に書いてあったものより小さい気がした。まだ道が続いていたので進んで行くと、今度こそ迫力のある滝が見えた。頭上に十数メートル、滝壺まで70メートルくらいあった。

これを見たらもう十分。時間もたっていたのでもう帰ることにした。

 帰り道、yくんは木切れを拾って持って帰ろうとしたので、fに怒られて全部捨てさせられた。

2014年6月24日火曜日

「音楽祭」

2014年6月22日
「ふぁあ満腹、満腹」 と言って、ぼくはカレーライス四杯目を食べ終わった。  昨日は音楽祭だった。ぼくらは「みなみ」というレストランの前で踊った。炭坑節、阿波踊り、ソーラン節を踊った。  「みなみ」のご主人は知り合いなので、踊る前カレーライスをおごってくれた。あまりにも美味しいので4回もお替りをしたのだった。  「みなみ」の前で3つの踊りを続けて2回踊った。僕らの周りに人だかりができていた。そのまま通り過ぎたい人も通れないでいた。最後には、見物人が向かいのレストランのグラスを割ってしまった。おかげで、店の人に 「ほかの所で踊ってください。」 と言われてしまった。 阿波踊りの流しを1回踊った。ぼくらは踊りながら道を進んで行った。両脇はレストランだった。そのレストランのお客さんも手を止めてぼく達を見てくれた。 他の演奏者ののコンサートが始まった。音がすごく大きいので僕たちの曲が聞こえなくなってしまった。もっと踊りたかったが終わりにした。 みんなと別れる前にアイスを買った。ぼくはマロングラッセ、ブルベリーと木苺味のを買ってもらった。 口の中とろーりとけるアイスかな。  

2014年6月21日土曜日

「バーベキュー」






2014618日 


「ジュワーピチピチピチー」
 肉の焼ける音がした。
 今、お父さんがみんなで食べる牛の背肉をバーベキュー台の上に乗せたのだ。
 今日は国語教室のみんなを呼んで、バーベキュー会を開いた。
 焼けた肉を切ってみたら、まだ真ん中の所がちょっと赤かった。
 お父さんとぼくはそれを見て、
「オー、丁度いい焼け具合だね。」
と言った。
 だがcさんはもっと焼けていた方がよかったので、焼けた肉から食べる分だけ切り取ってもう一度焼いてから食べた。
 肉は柔らかくて頬が落ちそうだった。
 ぼくは、ゆうくんとビール注ぎ競争をした。ぼくが注いだ方が泡の量がちょうどよかったので、みんなぼくに注いでもらいたがった。
 デザートに、子供はかき氷を食べた。
 食後、お父さん達と相撲をとって遊んだ。相撲といっても、ただお父さんを倒すために子供四、五人でかかっていくだけだが。それでも結構面白かった。
 最後に、お父さん達が寝ころんだ上を飛び越えて遊んだ。ぼくはコマのように360度回転しながら飛び越えた。
 みんなが帰った後、お父さんは
「うわあ、酔っ払って頭が痛い」
なんて言っていた。


2014年6月12日木曜日

「滝」








2014611

「ザザーン、ザザーン」
滝の音が聞こえた。A一家と登山をしていた。「滝の道」というコースを登った。どこにいても滝や小川の音がしていた。
4歳のゆうごくんも頑張って登った。もっとも男子4人が代わる代わる手伝いながらだが。それでもこの年にしてはすごい。
2時間くらい登ったところの木陰でお弁当を食べた。
下り、適当な場所を見つけて水浴びをした。そこは小川で、段差があって1mくらいの小さな滝ができていた。ちょっと下流に大きな石があり、川の水をせき止めていたので、小さな池のようになっていた。
「うひゃー、つめてえ」
そこは標高が高いので、水はずいぶん冷たかった。それも体を20秒間くらい水につけただけで、息が苦しくなってくるほどだ。
そこで涼しくなったら、また下り続けた。
車に着くすぐ前、またものすごく暑くなってきた。
道の左わきに、高さ2,3メートルの滝があった。そこは滝の後、5メートルくらい下までヌルヌルの岩で覆われていた。水はあまり冷たくなかった。
ぼくと弟は滝に打たれたり、つるつる滑る岩をさかのぼろうとしたりして、遊んだ。
車に入ったら、
「うわー、あつー」
と思わず言ってしまった。

車の中は完全にサウナ状態だった。

「マダニ騒動」






201464日 

日曜日の朝、起きたらなにかかさぶたのようなものが、頭の後ろの方にくっついているのに気が付いた。
お母さんに見せたら、
「かさぶたじゃないの?」
と言われた。
お父さんもそう言った。
それは、お母さんの話によると、平べったくてつるつるだったそうだ。
「それにしても、なんだが足のようなものが見えるなあ。マダニじゃないの。マダニかもしれないね。」
「わーほんとだ、見える。足みたいのがここにも。」
わざとではなく、お父さんは一部をとってしまった。
それを顕微鏡で見たら、足のようなものがついていたので、お父さんもいよいよマダニかも知れないと思い始めた。
ということは、マダニの頭はまだ直喜の頭に残っているということだ。その日は休日だったので、翌日かかりつけのお医者さんに診てもらった。
先生は、
「やっぱりマダニですね。頭が残っていますね。」
と言った。
針のようなものでぼくの肉をほじくり、取ろうとした。髪の毛が血まみれだった。
どうしても取れないので、自然ととれるのを待つことにした。(それ、医者かいな?)
お母さんと話してわかったが、マダニは一方ではライム病を媒介し、もう一方では頭が残ると化膿して細菌が発生するのだ。
化膿を防ぐ薬はあるが、ライム病の特効薬はないらしい。
先生は、
「マダニは死んでいるので、抗生物質を飲んでいれば、マダニの頭は何の害もありません。」
と言っていたが、早くマダニの頭に出て行ってもらいたいなあ。