2014年1月6日月曜日

1月5日





201416日 月曜日

 昨日は朝からのどがすごく痛かった。
 朝食はパンにマスカルポーネをぬったものだ。すごく美味しかったが、病気なので食欲がなかった。
 食べ終わったら歴史の宿題をやった。日記を書こうとしたが、頭がいたくてなかなか進まない。そうしているうちに、昼食の時間になった。
 昼食はフォアグラを小さいトーストにのせたの、そして子牛のベロをじゃが芋、ニンジン、ネギに玉ねぎと一緒に煮た料理を食べた。フォアグラは、前の日スーパーで買ったものだった。だからあまりおいしくなくて、みんながっかりした。牛のベロは美味しくて口直しになった。ぼくは相変わらず食欲がなく、頭とのどが痛かった。
 頭痛がひどかったので昼寝を4時間半もした。その間、お母さんたちは、ドラマを見たり陶芸をしたそうだ。
 起きたら、すぐ図工の仕上げをした。
 夕食は野菜スープと子牛のベロだった。今度は食べる前に痛み止めを飲んだのでいっぱい食べられた。

 図工が終わっていなかったので終わらせてから寝た。

そして父になる

201415日 日曜日

 「早く起きなさい。勉強が終わってなかったら映画見に行けないわよ。」
 そうだった。昨日は午後3時に家を出て、ラ・チュルビンヌという映画館に日本語の映画を見に行った。題名は「そして父になる」だ。
 すごく悲しい話だ。
 それは6年間は一緒に暮らしてかわいがっていた子は、実は他人の子供だった。それは看護婦さんが入れ替えたのだった。子供を交換したが、最後になってまたもとの通りになったという話だ。
 お母さんは泣いてばかりいた。
 家に帰る時、買い物をした。その時からのどが痛くなった。

 何かを飲み込むたびにのどが痛いので、夕食もろくに食べなかった。

2014年1月5日日曜日

1月3日

201413日 金曜日

 昨日は、午前は特になにもしなかった。
 午後、ユジーヌに剣道をしに行った。ミショーさんが胴着と袴を忘れていたので、僕たちが持って行ったのだったが、ぼくは自分の胴着を忘れてしまった。幸いお父さんが胴着を2枚持っていたので、めちゃめちゃ大きかったがそれを1枚かしてもらった。
 稽古はテクニックだけをした。この間の復習にちょっと新しい事を加えた。もっとも、ダンスクラブの人たちが来たので、面をつける時間もなかった。
 途中、先生が手首のくぼみのことを話した。ミショーさんがどこのことだかわからなかった時、ムタルド先生がこう言ったのでみんなが笑った。
「やっぱりミショーさんは僕らと違う体の作りだな。」
 車の中で、ぼくが炊いたご飯と、弟が作った卵焼きのお弁当を食べた。ご飯を炊く時、水を入れすぎかなと思ったが、そうでもなかった。

 家に着いたら足を洗って寝た。

2014年1月3日金曜日

初釜・書初め・歌留多会
























 


201412日 木曜日

 昨日は9時に起きて、勉強をした。
 10時にcさんたちが来ると思っていたけれど、11時に来るのだった。
 Cさんが来たら桜餅を作ろうとしたが、ご飯がべちゃべちだったので、先に昼食をとることにした。
 ぼく達は御節料理を食べた。中には昆布巻き、栗金団、黒豆、伊達巻、煮しめ、煮豆、海老となますが入っていた。ぼくは昆布巻きと黒豆と栗金団が特別好きだ。
 食べ終わったら、子供は桜餅を作りかけだった事も忘れて、上に遊びに行った。
 1時にyさんとyk先生が来た。
 早速、初釜を始めた。
 最初にお屠蘇を飲んだ。小さい順に飲んだ。ちょっと苦かったがまあまあ美味しかった。cさんは僕のすぐ次だったのでびっくりしていた。
 yk先生がお年玉をくれた。僕は猫バスの指人形をもらった。
 yさんが一服目のお茶をたてている間、干菓子を食べた。ぼくは獅子を食べた。
僕のお茶は自分でたてた。ちょっと味が濃かったけれど、結構美味しかった。
みんなが飲み終わったら書初めをした。僕は御節料理と書いた。
おやつには大人が作った桜餅を食べた。すごくおいしくて3個も食べた。

最後に歌留多会で百人一首をした。僕一人対、弟とmちゃん対cさんだった。1対1対1だった。



元旦

201411日 水曜日

 7時に起きてピアノをしてお雑煮を食べた。
 お雑煮はお餅と人参と椎茸と海老とセルフィーユが入っていた。僕はエビがあまり好きでないので除いてもらったけど、すごくおいしかった。
 8時半に家を出た。ラ・クリュザというスキー場に行った。
 最初は青コースを2回やった。その間僕は、転んでばかりいた。原因は、僕のスキーの留め金が緩すぎたのでいちいちスキーが脱げていたのだった。リフトの所まで行って道具を借りてきつくしたので、すぐには脱げなくなった。
 その次に、あまり急でない赤コースを滑った。最初の5回位はゲレンデ内のコースを行った。2回目、リフトを降りる時、ちょっと遅れて降りたので、リフトが高くなった。そこで僕が80センチも飛び降りたら、その勢いで弟がリフトから放り出された。結構高かったが、そんなに痛くはなかったようだ。そして後の3回は同じコースのすぐ脇にある、こぶ地帯を滑った。いつもショックを和らげるために膝を曲げたり伸ばしたりしなくてはいけないので、すごく腿が疲れた。
 その後、青コースを2回やった。そのうち一回はジャンプ台で跳んだ。
 じゃあそろそろ帰ろうか、と、思って下って行ったら、雪が足りないので、コースが閉まっていた。看板を見たら、リフトに乗って下ることができると書いてあった。ところがそのリフトに辿り着くのに3回も間違えてしまった。やっとリフトについて、下って、車に乗って、道場に向かった。
 30分早く着いた。
 道場に入って、まずみんなでテープをはがした。そして雑巾がけをしてまた新しいテープをささくれの所に貼った。
 切り返しを1回やってから、いきなり地稽古をした。僕は、ムタルド先生、かよ子先生、ミショーさん、弟、クリスチャンとやった。スキーの後だったので腿が痛かった。
 稽古が終わったら先生の家に寄らせていただいた。牡蠣とフォアグラとジャガイモにモンドールというチーズが溶けたのをかけたものを食べた。デザートはガレット・デ・ロアだった。そのガレットの中にはフェーヴという小さな人形が入っていて、それが自分の分に入っていた人は王様になるのだ。
 ムタルド先生が切り分けたガレットを配った。先生が
「これは誰の分?」
と聞いたら、テーブルの下に隠れていたゆうぞう君が「だれだれの分」と答える。このようにして配って行った。
ゆうぞう君が
「僕の分」
と言ったとき、ムタルド先生は急いでサーバーにのっていたガレットをフェーブが入ったのととりかえた。
 みんなでガレットを食べて、ゆうぞう君がフェーブを見つけた時こういった。
「ねえパパ、ぼくってすごく運がいいね。だって毎年ぼくが王様だもん。」
みんなどっと笑った。

 家に着いたら11時だった。翌日、11時に友達が来るのですぐ寝た。疲れ切っていたのですぐに完全睡眠状態になった。






2014年1月1日水曜日

大晦日









20131231日火曜日

 今日、寝坊して一日が始まった。
 勉強をした後、2回目の大掃除をした。
 ステーキとシュークルートの残りの昼食をとった後、お父さんは買い物をしに行った。
 床の間の飾りつけを終えた時、スカイプがかかって来た。福岡からだった。ビーちゃんとびーパパとびーママ、ばあば、そしてびいママの両親がいた。話しているうちに日本ではもう年が明けていた。除夜の鐘がゴーンと鳴った。これで真夜中まで起きていなくてもいいな。
 その後、お雑煮のための餅つきをした。3分間猛スピードで搗くのだ。弟が搗いて僕がひっくり返した。
 スキーの用意をした後、年越しそばを食べた。短くてボツボツしていたのであまり美味しくなかった。

 夜、お母さんに頼まれてお風呂の中に牛乳を入れた。そうしたら、原子爆弾のようなキノコの形になった。


晦日

20131231日 火曜日

 昨日の朝食に、パンがなかったので、卵ご飯を食べた。
 弟は1か月位前からお酢につけておいた卵で食べた。その卵は殻が溶けていて薄い膜がちょっと硬くなっていた。すごく大きくなっていたが、箸でつついて割ると中身はあまり大きくなかった。
 食べてみたらすっぱいのなんの。ご飯を足しても醤油を入れてもなにもならない。しょうがないから毎日一人一口食べることにした。



 10時にA家とY家が来た。
 早速みんなでお餅つきを始めた。
 10分後、
「こんにちは、ちょっと遅れてすみませーん」
と、言いながら、YK先生が入ってきた。
 鏡餅の型に入れて、余った分を食べた。
次は蕎麦打ちをした。
 最初は伸ばす時に打ち粉をあまりしなかったので、畳んで切った時、くっついて塊になってしまった。次の回からは、普通の蕎麦のように11本離れてできた。
 みんなで蕎麦の昼食をとった。あまりにも美味しいので、掻き揚げ三つに蕎麦を2回もお代わりした。






 みんなが帰った後、剣道に行った。これが平成25年の最後の稽古だ。その稽古はテクニックだけだったが、秘密のテクニックなので言えない。
 帰りにムタルド先生の家で手作りワッフルをご馳走していただいた。僕たちがいつも作っているのより、ふわふわしていて、美味しかった。

 家に着いたらもう遅かったので、何もしないで寝た。